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東北地方太平洋沖地震 アーカイブ

2011年09月13日

仙台、石巻訪問 -その2


前回のブログ、「仙台、石巻訪問 -その1」は、 こちら

イベントの大枠がきまれば告知が必要、ということで地元の放送局、「ラジオ石巻」を訪問。以前訪れたときは災害放送局としてオンエアーされていましたが、今回いかに地元の皆さんに密着している放送局かということを、つくづく感じたエピソードがありました。
4月の記憶を頼りに放送局を探しているうちに迷子になってしまい、その際、道行く人にラジオ局の所在地を聞くと皆さんご存じだったということに驚かされました。ここまで定着してこそコミュニティ放送局!と改めてラジオ石巻の皆さんが今まで地元の皆さんの声を拾ってきていると実感しました。
ここでは久しぶりに今野さんにお会いし、早速イベントの告知と当日の取材依頼。CMが激減し、運営が大変な中、ずっと走り続けてきた今野さんはなんと肺炎を患われていらっしゃいました。震災からちょうど6ヶ月。精神的に、そして肉体的に少し振り返る時間ができたときに、「ドーンときた」、とおっしゃっていました。それでも地域に必要とされる情報を流し続ける、という使命を全うするために、今日も走り続けていらっしゃいます。

イベントを一緒に盛り上げる仲間としてお話させていただいたのは「石巻2.0」の阿部さん。こちらの皆さんは我々と同じ、STAND UP TAKE ACTION(SUTA)を掲げて活動していらっしゃいます。多様な業種の人が集まってユニークな活動を通して、商店街を盛り上げていこう、という皆さんの取り組みに、我々としても何かできることはないか、という話し合いの中、会場となるスペースをいくつかご提供いただくことになりました。いくつかの店舗で展示やトーク、地元の皆さんと音楽を楽しめるスペースをこれから作りこんでいく予定です。これで雨が降っても大丈夫です。
現在給食支援の活動にも参加しながら、「石巻2.0」の活動をされている阿部さんの「ボランティアの人には感謝しているけど、これからは少しでも今までの生活を取り戻す時期。いつまでもボランティアの皆さんに何でもやってもらっていてはいけない。」というコメントにはご本人、そして「石巻2.0」の皆さんの今後に向けての決意を感じました。もちろん、SUTAはこのような地元の皆さんの活動の妨げにならず、尚且つお互いにないものを補完できるようであれば、と思いながら準備を進めています。

ご紹介していただいた「かめ七呉服店」の店内は現在社長のマンガ好きが高じて博物館のようになっていました。漫画の歴史が分かる雑誌やポスターなどが多数展示されています。ここは店の外(軒下)にソファーやテーブルなどくつろげるスペースがあり、通るたびに気になっていたお店なのですが、なんとイベント時にはそちらもお借りすることになりました。人と人との対話を大事にするかめ七さんだからこそ、このようなイベント会場としても良いのではないかと思い(私の思い込みもかなりあります)、お話をさせていただきました。

かめ七呉服店では、3月11日に近所のお店の2階から写した写真が多数あり、それを見ながら石巻の皆さんのみなさんが過ごした3.11を改めて聞くことができました。

(次に続く)

2011年09月12日

仙台、石巻訪問 -その1


日本で観測史上最大規模と言われた地震と大津波から半年が経とうとしている8月末。まだまだ残暑が厳しいなか、毎年10月に行っている STAND UP TAKE ACTION を今年は東北からスタートさせようという試みが可能かどうか、ということを地元の皆さんと協議するために仙台市と石巻市を訪れました。今回はこの2日間でお会いした多くの方とのお話を通して今の仙台と石巻を感じていただければと思います。

仙台市を訪れるのはおよそ1か月ぶり。現在仙台市内ではいたるところで工事が行われており、見た目は何も無かったような普通の街に見えても、震災の爪痕はいたるところで見られました。
まず訪問先のトップバッターは仙台国際交流協会。ここ国際交流協会は仙台駅から西に位置する公園に囲まれた場所に事務所があります。まるで市内にいることを忘れさせてくれるほどの深い緑でした。 震災直後に多言語センターFACILのスタッフとラジオを持ってここを訪れて以来、東北に来ると必ず立ち寄っています。今回お会いしたのは仙台国際交流協会の須藤さん。10月のイベントに興味を持っていただけそうな地元の団体や、このようなことを広報する機会はいつ、どこにあるか、などをお話しました。東京に拠点を置きながら、東北でのイベントの企画を進めることに少しばかり不安があったものの、ここでのお話しのあとには確かな手ごたえと変わっていました。イベントへの取り組みに過度な“希望”や“期待”を我々に持たせるのではなく、できる範囲でできることを精一杯提供してくださる、そしてそっと後押ししていただいた気がしました。
お忙しいにも関わらず、いやな顔一つせず、お時間を作っていただいた須藤さんのお話を無駄にしないためにも「成功させなくては」、と気を引き締めて石巻へ。

石巻市は前回訪れた4月下旬に比べると瓦礫の撤去や泥かきも進み、道路は広くさえ感じました。信号が復旧している場所もありましたが、多くの交差点では他県からの警察が車を誘導していました。今では営業を再開しているお店もチラホラ。ここには石ノ森章太郎漫画館があるぐらい、マンガとつながりがある町で、町のところどころに津波の被害を逃れたオブジェ(キャラクター)がありました。

石巻に到着したのがちょうどお昼時で、「腹が減っては仕事にならない・・・」と言い訳をしつつ、まず一番最初に食したのは「石巻ヤキソバ」。店内を見回しても圧倒的な人気のメニューということで私もソース味にチャレンジ。目玉焼きが上にのっていて、しっかり味がついているように見えるものの、味はそれほど濃い口ではありませんでした(塩味も食べたかったのですが、さすが、ヤキソバ2皿は無理だろう・・・と思いとどまりました)。あとから町の方に聞いたのですが、このメニューは今、石巻“一押し”だそうです。

そして遠藤さんと安部さんにお会いするために市役所らしくない市役所へ。地震の1年前に引っ越してきた新しい市役所は以前は百貨店だったとのこと。百貨店の名残のエスカレーターがそのままあったり(動いていませんでしたが)、イベント広場が入口にあったりしましたが、あるものをうまく活かして利用されていらっしゃる様子がうかがえました。
こちらでは今後のイベント開催のための申請の手順などを確認。石巻市にはなんと25カ国の人が住んでいらっしゃるとのことです。ほとんどが中国、韓国、フィリピンの方だそうですが、ほかにもカンボジア、バングラデシュ、トルコやイランご出身の方もいらっしゃるそうです。9月中には避難所から仮設住宅に移る予定の人が多いので、生活のパターンが変わった10月のイベントはどうなるか見えない部分も多いのですが、一人でも多くの方にご参加いただくには何が必要か、ということをお話しました。(その後石巻市最大の仮設住宅地の開成地区を訪れましたが、仮設住宅にすでに引っ越しをされている方のとなりでは急ピッチで建設が進行していました。)

本当にお忙しいなか、外からの持ち込み企画のためにこれほど親身になって話しを聞きいろいろな方につないでくださった遠藤さんと安部さんに頭があがりません。地元で活動されている皆さんといっしょに作り上げていくイベントの楽しさと難しさをかみしめつつ、次のアポイントへ。
(次回のブログに続く)

2011年07月14日

東日本大震災 オックスファムの支援活動が紹介されました


オックスファムの東日本大震災被災地での支援活動が、「をちこちMagazine」で紹介されました。
オックスファムが、特定非営利活動法人 多言語センター FACILとともに行っている、非日本語話者の方々への情報提供分野での支援活動が紹介されました。

http://www.wochikochi.jp/relayessay/2011/05/saigai004.php

2011年07月12日

FACILの活動が、河北新報に紹介されました


オックスファムが支援する、多言語センターFACILの支援活動が、河北新報に紹介されました。

FACILの協力により、気仙沼市のフィリピン人の被災者の方々自ら情報発信に取り組んでいます。

詳しくは、こちら
http://www.kahoku.co.jp/news/2011/07/20110709t15024.htm

2011年07月06日

仙台のマレーシア留学生の皆さんにラジオをお届けしました


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写真提供:(財)仙台国際交流協会

オックスファムは、仙台国際交流協会を通じて、被災地の仙台のマレーシア留学生の皆さんに、手動充電式のラジオをお届けしました。

多言語放送を行っている災害ラジオの放送を通じて、震災の状況や支援の情報などを得ている非日本語話者の方々にとってラジオは不可欠。今回お届けした70台のラジオも大変喜ばれました。

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ラジオには、ジャパン・フォー・サステナビリティ様のご協力により、世界各国から寄せられた、応援のメッセージも添えられました。

オックスファムの支援活動については、こちら

2011年06月27日

しんぐるまざあず・ふぉーらむ震災支援活動報告会


オックスファムが支援する、しんぐるまざあず・ふぉーらむ、およびしんぐるまざあず・ふぉーらむ福島が、6月25日、東日本大震災支援活動の中間報告会を開催しました。

しんぐるまざあず・ふぉーらむ、およびしんぐるまざあず・ふぉーらむ福島は、震災で困っているシングルマザーや女性からの電話相談を受け付ける「パープル・ホットライン」の運営や、避難所で被災者の女性が、気軽に相談したり、作業したりできるスペース「ホッとカフェ」や女性専用スペースなどの運営、行政への女性の視点に立った要望の提出などを行っています。

報告では、家や仕事、家族などを失い、被災者自身にも今後の見通しについて先が見えない中、ひとり一人の被災者に寄り添いながら、被災者がその時その時で決定をしていく過程を、長期的に支えていくことが必要である、ということが述べられていました。


報告会の様子は、こちら(しんぐるまざあず・ふぉーらむのウェブサイトにリンク)
http://single-m.at.webry.info/201106/article_3.html

しんぐるまざあず・ふぉーらむの支援活動については、 こちら

2011年05月20日

被災地からのメッセージ −岩手県国際交流協会

4月に携帯ラジオを配布した、岩手県国際交流協会より、メッセージが届きました。



 このたびの東日本大震災に際しまして、被災されました皆様方に心からお見舞い申し上げます。心温まる義援金をいただき、謹んで御礼を申し上げます。

 ここ盛岡は、地震は強かったものの、当センターに被害はなく、震災直後から外国人の安否確認や被災地の外国人支援業務を行っております。

 しかしながら、茨城県から青森県に至るまでの沿岸部には地震後、いまだかつてない大津波が襲い、甚大な被害と多数の犠牲がありました。

地震が発生して2ヶ月になりますが、いまだ余震が続く中、貴団体より大変機能的な携帯ラジオを寄贈していただき、皆様のご支援に心から感謝申し上げます。ラジオとともにいただいた世界中の方々からのメッセージは、被災された方々を大いに勇気づけることと思います。

 皆様からいただきました携帯ラジオは、被災地の外国人の方々をはじめ、県民の方々にお届けしております。

 貴団体の心温まるご配慮に深く感謝申し上げるとともに、皆様の御健勝と御多幸をお祈り申し上げ、御礼の御挨拶とさせていただきます。



*東日本大震災への支援活動に関するスタッフブログはこちら

*その他の支援活動についてはこちら

2011年05月08日

被災地からのメッセージ ー仙台国際交流協会


4月に携帯ラジオを配布した、仙台国際交流協会(SIRA)より、メッセージが届きました。

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先日は、遠いところ、不便な中、こちらまでラジオを届けていただき、本当にありがとうございました。

お預かりしたラジオはボランティア留学生や台湾人グループなど徐々に配り始めております。 また、来週からは日本語講座もスタートするので、いよいよ本格的配布を開始します。

そこで、外国語放送に関する情報を盛り込んだ小さなシールをラジオ本体に貼らせていただければと思い、担当職員が手作りしてみました。




皆さまのご協力により被災地に届けられたラジオは、地域で活動する方々の手によって、情報を必要とする方々に一つひとつ届けられています。

仙台国際交流協会では4月30日をもって「仙台市災害多言語支援センター」を終了していますが、災害関連情報の提供や相談対応は地道に続いています。
また、災害支援が終わっても生活に関する多言語情報を発信していけるよう、FM各局への働きかけを続けられるということです。

*東日本大震災への支援活動に関するスタッフブログはこちら
*その他の支援活動についてはこちら

2011年05月04日

ラジオキャラバン DAY2


部屋に鮭、鱈とチャーミングなネーミングがされていた塩竃の宿で一泊したあと、キャラバンは続行。 宿の方が深深と頭を下げながら「良く来てくださいました」とおっしゃった時は目頭が熱くなりました。 なだらかな坂道に面していたこの宿は1件下ったところまで水が迫ってきていたそうです。この宿はかろうじて助かり、早々と営業開始ができたものの、宿泊客がいない状態だったそうです。

キャラバン2日目の第1ストップのエフエムいわぬまは、「はなとぴあ」という花園の敷地内にありました。ここでは320個の受信機をお渡しし、コンテンツに関してもお話をさせていただきました。オックスファムも他のパートナー団体と共に活動を行っているため、それらの情報を共有することで相乗効果があることを実感しました。

続いては亘理町の臨時災害FM局を訪問。
ここは役場もかなり被害を受け、プレハブ数個に役場の機能を移動させ、町民の皆様の対応をされていました。

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ここでお話した放送担当総合チーフの吉田様は3月11日からノンストップで放送を続けているので「とにかく時間が欲しい!」とおっしゃっていました。その後、名取市の臨時災害FM局を経て仙台市内の放送局を回り、最後にはFMたいはくへ。
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吉田様

通常の番組を延長し、キャラバン隊が特別出演させていただきました。
どこのスタッフもノンストップで情報発信をし続けているため、疲労もピークに。しかしリスナーがいる限り、日々変わりつつある町の様子を流し続けていらっしゃいます。

現地からの声: ラジオを受け取った方から

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仙台の『エフエムたいはく』のリスナーです。

防災ラジオありがとうございました。
大切に使わせて頂きます。


皆さまのご支援により被災地に提供させていただいた、手巻き充電式の携帯ラジオを受け取った方からのメッセージが届きました。
ちなみに、CDは、ラジオ局へのリクエスト曲だそうです。

2011年04月28日

被災地からの報告 -宮城県山元町(4月22日)

4月22日

東京駅で多言語センターFACILとFMわいわいのメンバーと合流し、ラジオキャラバンがスタートしました。震災直後、どのメーカーに問い合わせてもラジオの在庫がないため、このたび日本の周波数に合わせたラジオを海外から調達。数日前に仕分けした携帯ラジオを2トン車に積み込み、東北自動車道を北上しました。

キャラバンの第1ストップは宮城県山元町の「りんごラジオ」。ここはりんごの産地ゆえ、このような名前がついた放送局だそうです。役場へのアプローチ中、ラジオはその日行われた楽天対日本ハムの野球の試合結果を伝えていました。辺りが真っ暗になった19時に役場に到着。頼りは役場から漏れてくるぼんやりとした明かりと先ほどまで誰かが暖を取っていたであろうドラム缶にくべられた薪についていた火。役場に入るとやはり被災地の現状が伝わってくる「安否確認」、「応急仮設住宅」の文字。そんな入り口から程近いところに災害放送局はありました。先ほどラジオから流れていた渋い声の持ち主は高橋 厚氏(元東北放送アナウンサー・浅生原区在住)と判明。山元町の皆さんはきっとこの声を聞いてほっとしているのだと思います。

放送局の一角の壁にはダンボール箱の裏に小学生5年生の岩見さんによって書かれた詩が印象的でした。 

「ない」
見わたせば  なにもない そこにあるはずの風景 思い ぜんぶない
でも そこにあったものを とりもどすために
がんばっている ぼくたちには
まえとはちがうが 必ずいいものが
帰ってくるだろう

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塩竃市で一泊。明日は岩沼〜亘理へ。


2011年04月25日

衣類仕分けボランティア

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2011年4月21日、この日は4名のボランティアの方々のご協力により、東日本大震災の被災地に送る、衣類や、文房具、化粧品、衛生用品などの、発送準備を行いました。(会場:オックスファム・ジャパン会議室)

まだまだ厳しい冷え込みが続く被災地では、冬用の衣類なども必要とされています。今回の支援物資の中には女性用のダウンジャケットも含まれています。

その他にも、高校生の新学期に備えてペンやノートなどの文房具、被災地では入手しにくい女性用の衛生用品などが、岩手県、宮城県に届けられました。

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衣類などのかさばる物から、ペンやノートなど細かいものまで、さまざまな物資の仕分けと梱包を、4名のボランティアさんが抜群のチームワークでテキパキと行ってくださいました。

ボランティアの皆さま、そして物資をご提供いただきました皆さま、ご協力ありがとうございました!

ラジオ仕分けボランティア

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2011年4月20日、東日本大震災の被災地に送る、携帯ラジオの発送準備を行いました。
ステート・ストリートの社員の方々や、メッセージカードを作成くださったジャパン・フォー・サステナビリティの方々、そしてオックスファム・ジャパンからは4名のボランティアの方々と2名のスタッフが参加しました。


このラジオは手動、そして太陽光で充電ができ、携帯電話の充電もでき、ライトにもなる優れもの。

オックスファム・ジャパンが支援している、非日本語話者の被災者の方々へ正確な災害情報等を発信するプロジェクトの一環で、被災地に配布します。
(プロジェクトの詳細は、こちら

4月22日に東京を出発し、多言語センターFACIL、FMわぃわぃ、AMARCジャパン、オックスファム・ジャパン、BHNテレコム支援協議会の東西のNPO/NGO混成チームによる”被災地ラジオ支援キャラバン”として、被災地に配布されています。

(キャラバンの様子は、FACILのウェブサイトをご覧ください)

この日に準備したラジオは、5,000個!

世界各地から届いたメッセージや、平易な日本語のマニュアルなどと一緒に届けられます。

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ご支援くださいました皆さま、発送準備のご協力いただきましたボランティアの皆さま、メッセージカードをご用意いただきました、ジャパン・フォー・サステナビリティ様、会場を提供くださいましたステート・ストリート様に、心より御礼申し上げます。

2011年03月30日

トラック6台出発しました


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 ©JOICFP

横浜の倉庫に集合したのが朝10時、そこから4トントラック6台分の物資を15名ほどで積み込み、トラックを見送ったのが14時過ぎ。
まるで大きなパズルに大きなピース(箱)を詰め込むような作業が続き、見事に積み込みが完了しました。

今これを書いている途中に、日立市に荷物が無事到着し、積み下ろしも完了、と連絡が入りました。助産師さんを通して必要としている女性に早く届くように、東京でも調整を行ってきました。

明日の朝には盛岡、仙台、多賀城、福島、郡山、会津若松に到着予定。今頃トラックは東北自動車道を北上していることでしょう。運転手さんの中には岩手や福島ご出身の方も含まれており、複雑な気持ちで荷物を積み込んでいらっしゃったと察します。

今後も色々な方と共に東北の復興のために動きます。

2011年03月29日

【東北地方太平洋沖地震】支援物資の仕分けを行いました


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本日3月29日、被災地の女性や乳幼児への支援物資の仕分け作業を行いました。 オックスファムや、パートナー団体ジョイセフからの呼びかけにお集まりいただいたボランティアの方々、今回石鹸やシャンプーなどをご提供くださった、ユニリーバ・ジャパンの皆さま、助産師の方々など、総勢40名近くもの方々にご協力いただきました。

今回仕分けを行ったのは、赤ちゃん用のおむつや粉ミルク、ベビーフード、妊産婦の方のパジャマや肌着、石鹸やシャンプーなどの衛生用品など、被災地で不足しているものばかりです。

さまざまな企業や団体からお寄せいただいた物品の中には、社員の方々からの、温かいメッセージが添えられているものもありました。

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これらの物資は明日、岩手、宮城、福島、茨城の4県に向かって出発し、各地域の助産師の方々を通じて、妊産婦の方々や赤ちゃんたちに届けられます。

ご協力いただきました皆さまに、心より御礼申し上げます。

オックスファムの支援活動は、こちらをご覧ください。

2011年03月28日

【東北地方太平洋沖地震】宮城県奥松島地区から


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©FMわぃわぃ

被災地で日本語を話さない方々への情報発信にとりくんでいるパートナー団体から、被災地の様子が届きました。
(宮城県東松島市奥松島地区)

オックスファムの支援活動は、こちらをご覧ください。

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